何だか、トリガーを目の前に置かれて、思い切り叩いたみたい…(その2)

 

ここでいう 勝友 は、勝(すぐ)れた友人 ということだ。試験は、難し過ぎると判断したのか、出題は 無師知慧 無作妙用 無縁慈悲 の意味だけだった。

そして、少し間をおいてから、あっ、これは観音さまのこと!と思った。そして、それを顕現できていないだけで、私たちは各々がこの能力の種を、ちゃんと持たされて生まれているのだ、と。

岡本かの子(岡本太郎の母でもある)の言葉が、この気づきで自分の中で氷解した。あなたの中の観音さま、私の中の観音さま…

誰かが私に言った訳ではない。ただ、私の中の観音さまは、私以外の全ての人のために、私の中に…

私のための観音さまは?…大丈夫!私以外の全ての人の中にいらっしゃるから…

 

誰から教えられた訳でなく、生まれ持った種の成長、体験を通して学んだ知恵。それを基に、あれこれ理由付けや計らいをせずとも、反射的に他者へ差し伸べられる手(行動)。

対象を誰彼と差別せずに、あまねく発することのできる、命(心も…)を慈しみ守っていける広い心。それを以て、請われずとも(私は)あなたの素晴らしい友になろう!、と

 

正しい訳とは異なり、仮に糾弾されても 勝友 の解釈をかえることはない。