銀河食堂の夜 読み終わる。

通りすがりに、図書室の閉室時間間際に借りて、施設の共有スペースで一篇ほど読んで、返却ポストに返すのを繰返して、先程読み終えた。

たかが文庫本でも、持ち歩くのが苦になってきたので、図書室スタッフさんにはお手間をかけるが、なかなか快適によめた。

全くの偶然だったが、心地よい環境と、ちょうど目の前に現れてくれた「銀河食堂の夜」に感謝。引き寄せられたか…

その一篇ずつが、深い感動とは少し違うが、今の自分のメンタル状態を良い方向にと持っていってくれた。

この巡り合わせに、感謝した。

カウンターの大皿に並べられた惣菜の描写に、さすがにお腹は膨れなかったが、味覚は充分に満たしてもらったよ。

Web+DBが休刊…

図書館の棚の定位置から、やっと配架(?)された最新号のWeb+DBを引き抜き、まずは目次を眺めた。

は?連載が軒並み「最終回」になっている…

改めて目次の先頭を見ると…今月号をもって休刊になるとのこと。

隔月刊だったので、なんだか次号を待っている時間が長い雑種だったが、それなりに特集も連載も心待ちしていたので、残念。

まあ、技術評論社がなくなるわけではないし、分野を特化した雑種名の「Web+DB」と「SoftwearDesign」で被る部分も出てくるので、良い意味での併合になりうる。

それだけWebは当たり前の技術になった…という訳だな。

おや、と気がついたのは読者のページ。

このコーナーの「わかばちゃん」という女の子は14歳という設定で、スーパーハカーの「はまちちゃん」と一緒に盛りたててきた。読者のページは、ちょうど14年になり、わかばちゃんは名実ともに14歳で、ここを卒業ということか。

他紙にも、Goの連載はあるのだが、ここのゴーファー君の絵にはなぜか心がほっこりしていたのも、残念だ。

他にも、連載が区切りよく終わっていない気もするのは仕方ないか。

楽しかった表紙の歴代のイラストも、懐かしさがいっぱいある。

匂い、臭い、におい…(その1)

この冬にもしかして、コロナか?と疑ったことがあった。

37℃を僅かに超えた程度では、風邪やインフルとも判断できない。たった一つ決定的だったのは、サラサラの鼻水があって暫くしてから、鼻からの匂いの判断が妙に心許ない。かといって鼻づまりはしていないのだ。

ただ、常人離れした嗅覚のせいか、口にいれた食べ物の匂いは、殆ど通常と同じくはっきりわかる。

醤油の香り、蜂蜜や黒砂糖の香り、湯を指したインスタント味噌汁の若布の香りも…味ではなくて、咽から鼻へと立ち上って感じる香りは、いつも通りにわかるのだ。

まるでワニ擬き…獲物に近づく時は喉近くにある嗅覚器が、眼などよりよっぽど役立つので、あのように口を開いて襲いかかるという。

はて?自分の嗅覚器は異例の二段構え?

一方鼻腔からは、精油のうちミントとサイプレスとファーの香りが、あやふやになってしまった。ローズマリーやマートルは、シャープさが届いてこない。まさか舐めてみるわけにもいかない。

不思議にラベンダーの香りだけは、クリアに判った。身体が最も求めた香りだったのか…

しかし香りがあやふやでも、呼吸を通じて血液中には入れる。これらの精油の芳香浴は効いて、程なく平熱に戻り嗅覚も戻った…

嗅覚が戻ってから、たった1つ試し忘れていたことに気づいた。精油の香りを鼻からではなくて、深呼吸のように口から吸い込んでみたら、香りが判ったろうか…惜しいことをした。

ところで、嗅覚は戻ったどころではなかった。その後、全ての匂いではないかもしれないが、更に嗅覚が過敏になってしまった。勿論、気がついていないだけで、鈍くなった香りもある可能性はある。

帰宅してエントランスのドアをあけたとたんに、凄まじいニンニク臭にたじろいで気がついた。どこかの部屋で、コロナ撲滅作戦として、ニンニクを食していたのだろうが、まるで摺りおろしニンニクをぶちまけられた感じ…勿論、そんなものは見当たらない。

冬ではエントランス玄関ドアを開けておく訳にもいかず、案の定廊下一杯、ニンニク臭で、数日間憂うつで目眩までした。帰宅直後、ドラキュラ並に溶血に近いことが起きていたのかもしれない。

夏の朝には、エントランスにスプレーされた、芳香添加の殺虫剤の匂いも、頭痛を誘った。多分芳香成分というより、殺虫成分だとは思うが…

う~ん、人外の者か?

銀河食堂の夜

地域の図書室で、短編集の文庫本を借りた。

閉室時間間際…

小一時間ばかりの隙間時間に、何か読みたかった。共有スペースの席を利用して、区切りよく読み終えた時点で、ドアの返却ポストに投函すればよいから…

ちょうど目の前に、さだまさしのこの本が、まるで「はい、お呼び?」と。

そういえば、これは読んでみたかった。時計の針のパターンを気にしながら、最初と最後の一篇を読んだ。

眼で読んでいるのに、さだまさしのあの声で朗読しているのを、ラジオドラマのように聴いていた。正確には、右目と左目が正しくクロスしていない状態なのに、読み進んでしまった。

今度は、落ち着いて全部読もう。返却ポストにそっと滑りこませると、はいよ!と返事が聴こえた気がする。

この紅いプツプツは…汗疹だった…┐('~`;)┌

殆ど狂気の暑さが続いてきた、この夏。

日々紅い小さな発疹が増えてきて、熱中症にこんな副症状があったか?とよくよく観察すると…なんと汗疹だった( ̄~ ̄;)

子供でもあるまいに、嗤われそうだが、しかし…確かにこの夏は桁外れの暑さで、汗も尋常な量ではない。

そういえば、腕に初めに出ていたのは、一面の単なる小さな透明な水疱だった。

子供の頃は、扇風機さえ1台あるだけで、その恩恵に与れないことも多かった。その代わり窓からの屋外の風が、何よりのご馳走だった。

その頃はどこの家にもエアコンなどないので

、窓から他の家の室外機の熱風を喰らうという理不尽な目にあうこともなかった。

この街の中心部でも続々と高層ビルが建ってきていて、温暖化ともあいまってヒートアイランド化は目に見えている。

我々金持ちになれない輩は、古(いにしえ)の縄文人が争いを嫌って北へ北へと移動したように、郊外へ田園地帯へと移動する運命なのか…

汗かきイコール、先天的かつ自発的な水冷式の体質なので、汗疹と日焼けと虫刺され(汗かきに寄ってくるので…)を除けば、経済的なのだが…

さすがに、ここまで気温が体温に近いと限界…それでも、僅かな風を頼りに汗かきにと邁進しているのは、貧乏性なのか?

いやいや熱中症を回避すべく「身体さんが頑張ってくれている」という訳だな。

スーパーマーケット、2題…

時々利用する駅と同じ建物に、スーパーがある。

随分以前には、日付が変わるまで営業している店舗で、その頃はよく利用していたが、倒産してしまった。

次に、○正が入ったが閉店時間が早くなったので、利用できなくなってしまった。

そしていつの間にか、Z系のスーパーに変わっていたが、同じく閉店時間が早いので、利用することがなかった。

が、今日たまたま昼に通りかかったので、飲料を確保しようと覗いてみると…なんとコストコの商品も扱っていた。

シナモン、と言ってもベトナム製なのでカシアだと思うが、そこそこの値段だったので買うことにした。

それから、東南アジアの食材を扱っている店で買っていたサンザシが、ほぼ半値だったのでこれもありがたく購入。

他にも良さげなものが並んでいたので、また土日祝日の昼間に覗いてみよう。

ところで、事件(?)である。只今平日を過ごしている街の中心部にある、Gスーパーのとある店舗が入っているビルが停電になってしまい、暫く休業している。確かに建物は古く、復旧は難しそうだ。

冷凍食品には縁がなく(=持ち帰る途中で解凍されてしまう)、冷蔵品もせいぜいマーガリンとチーズ位しか買わない。

だが、ナッツやドライフルーツ、菓子と液状ではない飲物(珈琲やハーブ茶、青汁末)、調味料と乾物(海藻類や粉物、フライドオニオン)といったものが買えずに困ってしまった。

広い範囲でのこの街には、Gスーパーの店舗はあるのだが、休業中の店舗は公共交通機関から簡単にアクセスできるので、移転はしてほしくないのだが…

その辺りも再開発で、次々と新しい高層ビルが完成し営業を開始している一方で、コロナ禍の余波でテナントが埋まらないフロアもあるようだ。

新しいビルでは家賃も高かろうが、一般の外国人の利用も多い。車を持たなくても小まめに立ち寄れる、アクセスの良い店舗も必要だと思う。

あぁ、珈琲やらナッツの類いが底をついてしまう。青汁末もきれてしまって、フライドオニオンは我慢するしかないか…

この物価高では、Gスーパーは文字通り庶民の味方…なのだが。

追従か?(情けなかった…)

BMの複数の営業所(?)の面した街路樹が、不自然に枯れているという指摘があったのは、先月だったか…

結局、街路樹(樹木升)を管理している各行政単位の土木課が、適切に管理(観察)していなかったのが一方の原因でもあった。

勿論、枯らすような行為を平気でしたのはBMの各営業所ではあったが…

ところが、周章ててこの街の各土木課も調査したらしく、樹木升に土木課の台帳(?)にない樹木が植わっているのを見つけて、すぐさま撤去せよとプレートが括りつけられていた。

薔薇の一種で、一重の少し暗い赤紫の細い花弁だった。あまり見掛けない色で、もしかしたら珍しい種類の薔薇だったのかもしれない。

春に蕾が膨らめば通りかかる度に咲くのを待ちわびた。

咲けば花蜂やら蜜蜂やらがやってきて、せっせと蜜を集めながら、滞りなく受粉させていたようだ。

花が終われば殆ど花が咲いた全てに、細長い実(これとてローズヒップ)を稔らせるのが恒例だった。

ちょうどコロナ禍の数年は少し花付きが悪かった。歩道を通りかかる人が減って、薔薇の樹も張り合いが無かったのか…

今年の雪が消えた時、どなたか近所の方が少し枝を切り戻して下さって、今年は久しぶりに花付きがよく、新しく伸びた枝で丈も2メートルを超えた。

冬に向かって、あの美しい紅い実がたわわになるのも楽しみにしていた。

だが、あのBMの街路樹の枯死事件で、この街のお役所が周章てて調査したらしい。

薔薇の樹は枝を切り込まれ、土木課の台帳に見当たらない、勝手に植えたものは撤去しろとのプレートが括りつけられていた。

まるで追従するように、台帳と一致した樹木が植わっているかと調べたのだろう。

「周章てて」というのは、明らかだ。もう少なくとも軽く10年以上、毎年あの薔薇の花も実も、楽しませて貰って来たのだから…

逆に言えば、10年以上問題視されずにあの薔薇は通行人を楽しませてくれて来たのだから…

何を今更?である。

もしかしたら、誰かが薔薇の苗木を植えたのではなく、たまたま元あった樹木の若木が成長できず、花壇状態のその場所に落とされた鳥の糞に混じった種が、見事に芽吹いたのかもしれない。

薔薇は接ぎ木…ということが殆どだが、むしろあの薔薇は原種に近い、逞しい薔薇だったような気がする。

勿論成長する薔薇の樹を、どなたかが手入れをして下さっていたのかと思うが…

しかしもう一度言う、あの薔薇は歩道の通行人たちが、少しずつでも薔薇の樹のことを気にかけ、毎年楽しみにしてくれるその「氣」も肥料にして、咲いてくれていたのではないか。

ある平日の夜に通りかかると、薔薇の樹は無かった。前日迄はあったのだから、お役所の土木課が予告通りに「始末」したのだろう。

樹木升と言っても、周囲の高層団地の廻りは樹木はなく、単に花壇として篤志家の方が手入れして下さっている。

何であの薔薇の樹は「撤去」を迫られる必要があったというのか。

まだまだ、呆れかえるような「お役所の判断」が存在するのだと、ため息がでた出来事だった。

くどい文面になってしまったが、残念さを汲み取って頂けたら、と思う。