コロナの拡散リスクは…(その1)

 

天皇陛下が、五輪開催でまた新たな感染リスクが拡大せぬかと、案じておられるのでは…と報じられている。

一方、先日のG7開催地では、新たな感染拡大がおきている。英国政府は関連はない、と断言しているようだが、まぁ証明不可能だろう。

 

どんなに消毒したところで、ウィルスを完全に死滅させることは難しい。

ヒトの周囲を消毒したところで、荷物はどうだろう。愛用の万年筆の蓋の縁に、ほんの僅かの数がついていて、それが好条件下で感染を拡げるまでに増殖(細胞に感染して)する可能性は、決して皆無ではない。

勿論、例えば喉に付着しても、自然免疫で食い止められるヒトも多いだろう。いや、そうあって欲しい。

 

ごく最近のNEWSで、口の中で例えば唾液腺などで増殖できているらしい…というのがあった。これが、比較的近い距離での会話、大声で感染を拡げる理由だろう。

口のなかで増殖した多量のウィルスを、本人が吸い込めば発症する。本人が発症する前に他のヒトに感染させてしまうのは、このためだったのか。

 

移動する荷物に付着するウィルスは、僅かな隙間でも可能性がある。細胞を持っている細菌を殺菌するのとでは、難易度も違う。

 

これも導かれたか…?(その2)

 

大学のブル研のメンバーか…ベーシストはネックと弾くあたりだけ(?)のものを抱え、指の練習と小さな音がでるのか。

凄まじいシラカバ花粉も終了、ポプラの綿毛攻撃も終わりそうだ。湿気など楽器を気遣いながらも、開放空間で練習再開か…

 

その先のベンチのブロックでは、大学の学生会館に名を残す偉人の名を冠した、いろいろなサークルなどがジョイント活動していた(現在はコロナで自粛)中の、交響楽団の確かパーカッショニストと、和楽器の二人。気候がよくなると、彼らがここで練習に励んでいるのを、我々も以前から異なる日時に見かけてきた。

 

ここで聴こえるのは、全てアコースティックで、緑の中を抜けてくる風に吹かれて耳にする音は、例えまだ音合わせや練習開始直後でも、桁外れに心地よい。

今年も、夏のクラシックフェスの開催はない。緑の野外ステージのコンサートも、またお預けだ。充たされない心が、空虚というより、切なくなってきた。

 

人形(ひとがた)を持っていくには到底間に合わない時刻になっていて、農場のヒツジを眺めてから、街の中心部の公園のバラの区画を観にいくことにした。

学寮側か花木園側か…どちらで食事中か…

 

これも導かれたか…?(その1)

 

土曜夜帰宅した道中は、傘の他にポンチョを持って出てよかった…状態に濡れたが、日付が変わる前に、更にかなりな勢いで降りだした。

気圧の関係かひどく眠くなり、イアフォンの音に、あぁラジオのスイッチを切らねば…と思いつつ、呆気なく寝落ち…

そのまま、日曜6時の時報に気がついたが…ずるずると眠りに引き込まれ、結局目が覚めたのは9時すぎ…ただ、いつもよりは身体が軽い気がした。

 

旬祭の日でもあるし、夏越しの大祓の人形(ひとがた)を本宮に持っていく(遠隔で神事参加)つもりで、神社に向かって歩き始めたが…

神門は例年のこの時期より早く閉まるので、寄り道不可。が、目眩に近い空腹感は明らかに低血糖…スーパーでパンを買い、足が何故か嬉々として大学にと脚を踏み入れていた。

 

大学を東西に貫く、車専用の地下トンネルの上の遊歩道…テニスコートの南側のベンチに向かうと…そこから懐かしい音が聴こえる。

チリチリンと聴こえて来たのは、スチールギターのような微かな金属弦の音…膝の上に水平に置いて掻き鳴らされている…ギターの形をして…あぁ、あれはドブロじゃないか!

いつの間にか、一緒にマンドリンも聴こえていた。

 

民放AM局のFM移行のNEWS

 

試験的な移行を経て、本格化するようだ。

 

放送施設(設備)の設営が大変だった昔は、少ない拠点から長波を飛ばすのが、正しい手段だった。

これは重量級の機関車で重い貨物を輸送していたのに似ている。この機関車を運行するには、線路にもかなりの強度が必要で、燃費にかかる負担も大きい。

今回のAM波からの移行は、この長波を飛ばしている設備の、維持の負担があまりに重くなったからだ。

 

昔は高い建物も滅多になく、真っ直ぐ遠く迄飛ばせるAM波で、かなり遠くでもラジオは受信できた。

 

一方のFM波は、電波を飛ばせる設備がAM波より軽量級ですむのと、中波の特性として高い建物などは迂回してくれるので、出力も相応に軽くて済む。

ただ当然だが長波ほどは遠くに届かないので、漏れなく受信できるには、相応の間隔(または、遮蔽される状況)に合わせて、配置する必要がある。

 

以前のフィーチャーフォンには、ネットを経由せずにラジオを聴けるものがあった。最近、スマートフォンにこの機能がついた機種がでたと、CMが流れた。

ポケットラジオ派の爺ぃにはあまり関係ないが、災害時にこそ役立つ機能か。問題は消費電力だろうか。

 

今週はこの街の 夏まつり のはずだったが…

 

本来ならば、今はこの街にある総鎮守社の例大祭

街の中心部へ御輿の巡幸があり、各地区の山車も集まってくる。某老舗デパートの前の大きな四ツ辻に御輿が並び、その前で山車ごとに踊りや囃子が披露され、我々もご相伴(?)に与るのだが…

残念ながら、去年に続き今年も、神職や限られた人たちだけのひっそりとした御祭(みまつり)になった。本当に爽やかな、今日の良い天気なのだが…

 

人が集まる中心会場は、また別の場所で、ももたろうがアオサギに出逢った、あの公園だ。やはり子供のころからこの街で育った人には、あちらが本会場だろう。

一方、神社の方は様々な奉納行事があって、神門内に設えられた舞台では、雅楽やら神楽、巫女舞い、等々が行われる。

神門下の少し離れた所では、猿回しなど、庶民向けの芸能が披露される。もう少し離れた土俵では、フォークソングなどステージ設備が必要なものなどが披露されるのだが…

 

それが、全てない。まるるんはここで奉納される雅楽と神楽の大ファンで、去年の秋には既に 禁断症状だあ〜 とぼやいていた…

 

夏越祓いも、昨年に引き続き神事は神職のみ…との報せ。茅の輪だけは、潜らせて貰おう。

 

大学の初夏の風景

 

昨日は、獣医学部の近くでポプラの綿毛の大襲撃に会った。やや強い風に吹かれて、視野いっぱいに雪のように流れて…爺ぃは綿毛まみれになる。

綿毛は更に路上で風に吹き寄せられて、まるで犬か猫の抜け毛のようになって吹き溜まっていた。

 

ポプラの綿毛襲撃を逃れると、今度はマスクを透して、甘い香りが流れる。辺りを見回すと、高いニセアカシアの樹に、白い花房がびっしりと揺れていた。蜜の香りだ…

数本の樹でも、枝を広げて隣り合っていれば、とんでもない数の花房が揺れていることになる。その数本のグループがそこかしこにあるので…見事なものである。

 

綿毛…白…で連想して、羊も見に行った。広い農場で、学生寮近くの方にいることも、南の花木園の方にいることもある。畜舎は花木園側のようだ。

子羊もまだ親より二周りほど小さいが、たまに母羊に乳をねだるも もういい加減にして! なのか、はたまたよその子羊なのか、激しく拒絶されるチビもいる。

 

今日は、オシドリ池を廻り、反対側のせせらぎで今年初めて、オシドリファミリーに会えた。雛は随分大きくなって、そのせいか、まるるん命名オシドリ母ちゃんが、随分小さく見えた。

 

戴冠ミサ曲

 

FMで全国のNEWSを聴いていた。

その後の地域のNEWSを上の空で聴き逃してしまい、スクランブル交差点で電源を切ろうと、ポケットから取り出そうとすると…キリエの合唱が流れてきた。

聴き覚えのある旋律…番組の始めの解説を、これも聴き逃していた。耳をそばだてる。

あぁ、戴冠ミサ…モーツァルトだ。随分前、まるるんが合唱のアルトパートを、ぶつぶつと練習していた…と思い出していた。

番組の最後に、このコロナ禍でソリストは通常と異なる位置にたち、団員たちは間隔をとり、マスク姿でこの演奏会が遂行された、と。