蓮華門

 
今日3月21日は、お大師さんの命日です。
毎月21日は弘法さんの縁日、っていうのは知ってたけど、
何月なのかは、長いこと知りませんでした。

おまけに、奇しくも新暦だと、春のお彼岸に重なってしまうんだもんね~

今日は、久々にお大師さんのことなど書いてみます。


京都の東寺には、御影堂があります。
お大師さんは、高野山と京を行き来して、東寺にいるときは、ここに住んでいたのだそうです。
ここでは、お大師さんの像は北向きで、参拝する私たちは建物の北側から入ります。
建物の南側はどうなってるかというと、南側からはお不動さんにおまいりします。

ってことは・・・、秘仏のお不動さんとお大師さんは、壁をへだてて背中合わせに座ってるってわけ?


今は、私たちは東寺の外からしか見られませんが、蓮華門という古い門があります。
今あるのは、鎌倉時代の再建だということですが、この門には、こんな話があります。


お大師さんも、さすがに高野山と京を頻繁に行き来するのが辛い体になってきて、
(なんせ、途中一部舟を使えたかもしれないけど、主体は徒歩ですから・・・)
帝に許しを得て、京を離れることになりました。
この時期、じつはまだ東寺は完成しきってはいなかったのです。
まだ、建築の槌音が響き、仏像の仕上げに取り掛かっている状態でした。

皆が見送るなか、お大師さんは、この門から東寺を去ったといいます。
そしたらね、お不動さんが、お大師さんを追ってきたんだって・・・
空海よ、行くのか・・・」って、
パタパタって追ってきたお不動さんの足跡のひとつひとつが、
蓮華(はす)の花になったんだって。
蓮華門の名は、これにちなんだものだそうです。


まるるんの想像のなかでは、お不動さんは歯を食いしばって、
でも、涙をぽたぽた落としています。
「行っちゃうの? どうしても?」 そう、ほんとは言いたいのです。
一生懸命怖い顔してみせて、剣を持ってたりするけど、
お不動さんの姿は童子の姿なんですね。
分別があって、言うことができないんだけど、ほんとは
「やだあああああ、ここにいてよ、伽藍ができあがるまでここにいてよおおおお!」
って、ひっくりかえって、バタバタしたかったかもしれないです。


ちなみに、不動明王を日本に伝えたのは、お大師さんだと言われています。