悲しい現場に、遭遇したことを思い出してしまった。

 
ニュース欄で、精神障害者の家族への暴力についての記事を見かけた。
もう随分昔になるけど、出張先で、悲しい現場に通りかかったことがある。


地下通路にある、地下鉄ホームへのエレベータのある改札口。
ここは、沢山の改札機がある改札口とは少し離れた場所にある。

その改札の外で、バスケット選手かと思うほど大きなな男性が、
仰向けに倒れて暴れながら何か喚いている。

すわ、急病人かと近づくと、
側で小柄な中年の女性と、ほっそりとした若い男性が、
倒れている人を押さえつつ、通路のはじに移動させようと苦心している。


次の瞬間、「嫌だぁ!地下鉄にのるんだぁ!わぁーっ!!!」と、
不明瞭な発音ながらも大きな叫び声。
女性は蹴飛ばされ、振り飛ばされ、駅員さんが駆けつけてくれた。


状況は、一瞬で理解できた。


「〇〇ちゃん、〇〇ちゃん、わがままを言わないで、お願い」
多分、おかあさんなのだろう。
女性が男性に取りすがるように話しかけても、
暴れて地下鉄に乗るんだと喚き続けるだけ。

ほっそりとした男性は、介助の人なのかもしれない。
「△△さん、他の人の迷惑になりますから、端によりましょう」
でも、やっぱり寝転がったまま、大暴れでごね続けている。


打ち合わせの時間が迫っていたし、初めて訪問する場所だったので、
慌てて通りすぎたわたしの背後で、甲高い絶叫。

「地下鉄にのるんだぁ!絶対のるんだぁ!おかあさんの馬鹿ぁ!わぁーっ!!!」と。


精神遅滞の男性に、罪があるわけではない。
彼には、地下鉄に乗りたいという望みが、
何故叶えられないのかということを、理解する事ができない。

生み、大変な苦労で育て、本来なら独立していてもおかしくない年頃を過ぎても、ずっと面倒を見続けているおかあさん。

外出の時だけかも知れないけれど、自分の倍もありそうな男性の介助を担当して、
蹴飛ばされ、振り回す腕で殴られるも同然の青年。

それぞれが、やりきれない気持ちを抱えつつも、生きている。

その時何もできずに通りすぎた自分も、なんだかとっても悲しかった。