15日も、不思議で素晴らし…かったかもしれない(その4)

鳥居まで戻って、神門に向かう。参道は左右とも高い樹が立ち並び、あのまま直進していたらあの方向の空は、全く見えない。

手水舎の辺りからも、階段を上がって神門の位置からも、御垣内からも、拝殿前の階段を上がっても、樹の高さのほうが勝っていて、あの方向のあの高さの空は隠されていた。

見せてあげたいものがあるからね!ほら、先にこっちに来てね!と呼ばれたのだろう。

神様がたも、あぁ楽しんでおいで…ちょうどこのタイミングで、此処に来られたのだから…そう笑顔で許して下さったか。

それとも…或は仕組まれたのかもしれなかった。正面の鳥居にたどり着くまでに、まるであのタイミングにあのスポットに座れるようにと、調整を積み重ねたようなちょっとしたタイムロスが複数あった。

別の小路を辿ってスポットに戻ってみたが、やはり梅園の限られた位置からしか、あの部分の空は見えないことに、むしろ驚かされた。

太陽は、高さも位置も少し移動してしまっていた。相変わらずラジオが鳴っていて、スポットでは、もう一度喉を潤しただけで立ち上がる。

梅園を通り抜けた辺りで、あぁ、と気がついた。あれはきっと外接ハロの長い径の先端だったのだろう。

ハロは円のものと、円と同じ径を短径にもつ楕円の2つがある。

太陽の位置と径から予測した円弧のカーブが合わなかったのは、楕円の外接ハロだったからだ。

ハロの縦方向に長径があり、昼時で天頂から下がった位置の太陽が、自分の後頭部方向にある。

ちょうど、ハロが頭上をオーバーハングしたために、凹の白い円弧が見えた訳だ。

珍しいものを、神社で見せて頂けたということになる。これも賜り物かもしれなかった。